愛知医大映研の10年間とその後

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夜桜観賞

名古屋で咲いた近所の桜です。
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(映研映画鑑賞&保養会)
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by tehutehu226 | 2011-03-23 12:41 | 休憩

映研歴史その2

1972年から1976年迄の歴史は、文献があるので後日報告したい。
1976年、渡邊と帆足が歩いているところを撮影された。
それは、その年の秋の愛知医大大学祭の創芸部の上映会にて
公開された『モゴモガ』の一部に使用された。
同作品は前年まで『愛知医科防衛隊』シリーズ演出・製作した
広田貴久監督の初アニメである。
作者の意向が分らないのであるが、留年をテーマにしているようである。
階段を昇っていくモゴモガと先へ歩いていく「足」、巻き込まれていく
「人生」。近くにいるとなかなか会えないものである。
同時上映は『怪人二十面相』『嗚呼!花の応援団』。
翌年に渡邊は空手部を退部して創芸部に入部。
部会で映画研究部となる。
1978年に入部した長谷川久は、稲田充満の後を継いで部長に。
第1作は『さすらいの後悔』約5分だったと思う。
2作目『にんげんだいすき鉄火面』を経て長編『ねんねこりんりん』発表。
同作品はぴあフィルムフェスティバルに入賞した。
(同じ時に手塚真とかも入賞している)審査員に大林宣彦とかいた。
資料は岡山にあるはずなので、また画像がきたら貼付したい。
一方、広田元部長の知り合いが『大怪獣ゼラン』を愛知学院歯学部で製作。
また、広田氏の関東時代の知り合いに根岸、池田の両氏がいて、音楽や特殊火薬
の手配も受けた。(一部敬称略)

(愛知医大映研歴史研究会・I&W)
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by tehutehu226 | 2011-03-21 18:15 | 映像

映研歴史その1

1976年に愛知医大に入学した時には、映画研究部ではなく、創芸部といっていた。
渡邊が1年生の時は入部とかはせず、独自に「原始魔境」を撮影していた。
この創芸部以前の経緯はいずれ当時の資料を元に書いて行くつもりです。

2年生の際に稲田部長の時に渡邊は入部した。
3年の時に「黒とかげ」や「蝶々…」を、4年で「ボイスマン」などを製作。
4年の際に巨匠・市川監督がデビューする。
  本日はここまで。
(映研映画歴史研究会)
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by tehutehu226 | 2011-03-20 05:48 | 制作逸話

「かたつむり」

1977年に映研映画とは別に、高校の仲間と二人で試作品を作った。
原作はパトリシアハイスミスの小説。
人跡未踏の地にいる巨大カタツムリの世界へ迷い込んだ男の物語。

大野年生、主演&雑用。

同時に映研で「古代のハス」製作。原案ないが、こちらは
「甘い蜜の恐怖」と「マンモスフラワー」の下地をアレンジ。
主演、後藤全宏、稲田充満ほか。

そして、秋から稲田部長と製作しはじめたのが「脱追」
これに関してはまた後日。
未だファンタスティックコレ発行前なので、題材はSFになったと分る。

どちらも監督は低レベルの渡邊豊信。
翌年の「蝶々蝶々、人間にとまれ」は、ざんぶろんぞ氏の特撮協力で製作したが、
これの画像はすでに紹介。内容経過については、いつか書いておくつもり。

(封印学生映画探究委員会)
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by tehutehu226 | 2011-03-14 06:45 | 制作逸話

なかなか画像が・・・。

 旧作の画像は入手出来ません。
探してはいるのですが…。
それで、またある国行って戻ったら、
「映研映画の歴史」とか
書いていきます。
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by tehutehu226 | 2011-03-11 19:50 | 休憩

1972年に創始された映画研究部追想と新作
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